• 15名無しさん
    2013/12/10(火) 21:51:31 ID:9IZ3bW6kO
    当時の中国軍の軍用機は全て外国製の飛行機の寄せ集めといっても過言ではない状況で勿論自前で開発する能力などは皆無でした。
    外国製をコピーする力すら皆無でした。
    ソ連製のポリカルポフI-16は出現当初は世界で初めての金属製低翼単葉引き込み脚付きの戦闘機でしたが零戦相手に戦うのは少々無理があり過ぎでした。
    ポリカルポフI-16はスペイン内戦でもドイツとソ連が戦った東部戦線でもいつもやられ役でした。
    中国大陸でも同じでした。
    数はうるさいハエのようにたくさん居るのにいつも落とされてばかり世界中どこへ行ってもハエを意味するようなニックネームで呼ばれていました。
    ドイツ軍戦闘機パイロットに撃墜数三百数十機なんて途方もない数を誇る者が現れたのも納得なわけです。
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