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    2014/03/06(木) 19:19:59 ID:1bJfmMTgO
    当時の日本の細かな基礎工業技術レベルの水準がドイツよりかなり劣っていた端的な事例としては潜水艦がありました。
    ドイツは第一次大戦の時代から第二次大戦に至るまで世界中に名が知れ渡っていたUボートという潜水艦で世界中を震え上がらせたことで有名です。
    基本的にドイツの潜水艦は小型高性能で大量生産型の潜水艦、日本の潜水艦は大型で大量生産向きとはいえない潜水艦でした。
    大きさだけでいえばこの二国の特徴は現在でも同じ傾向を継承しています。
    当時違っていた二国の差は基礎技術力の差による基礎的な性能差でした。
    太平洋戦争当時秘密裡にドイツに派遣された遣独派遣団の日本の潜水艦は途中で連合軍に沈められたものも多くやっと辿り着けた潜水艦もありました。
    日本の潜水艦は元々は第一次大戦でドイツから戦利品として譲り受けた潜水艦、ゲルマニア造船所で造られたUボートの研究から発達した大型の外洋型潜水艦で当時ドイツで主流だったUボートの倍以上の大きさでした。
    船体が大きいということはたくさん物を搭載出来るため遠くの海まで進出して活動するのには有利でした。
    しかし当時の日本の基礎工業技術レベルはドイツより劣っていたためネジ一つから船体に至るまで質が良くありませんでした。
    ドイツ占領下のフランスの軍港にやっとのことで辿り着いた日本の伊號潜水艦は出迎えてくれたドイツ軍のスタッフに後から「これでは海中に潜航しながら大声でここに居るよ〜と叫びまくっているのと同じだなあ」とわれたそうです。
    それだけ日本の潜水艦が出す海中ノイズは酷かったそうで闇夜の提灯状態(敵に直ぐに狙い撃ちされるような状態)だったそうです。
    そしてドイツと取引した品々を搭載して日本へ帰国する際にはこのままの状態ではあまりに酷すぎて直ぐに敵に居場所を探知され沈められてしまいますよというアドバイスを受けドイツの技術スタッフによりノイズ防止の対策を施してもらい帰国したそうです。
    艦内にある架台へのエンジンのマウント方法から何から何まで様々な部分に改良とアドバイスをしてもらうほど基礎的技術レベルに大差が存在していたようです。
    昔、潜水艦の多くの技術を教えてくれた先生の母国を訪問してまた再び先生からいろいろと教えてもらったという感じですね。
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