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日本でロケット戦闘機「秋水」用に搭載されたロケットエンジンはこのドイツのものを参考に日本で造られた特呂二号原動機というロケットエンジンでした。
日本ではT液のことを甲液と呼び、C液のことを乙液と呼んでいました。
特呂二号原動機はKR10とも呼ばれていてKRとはくすり(薬、薬液)ロケットの略だったそうです。
いくら強大なパワーを得るためとはいえ高濃度の過酸化水素を作るためには電気分解のために白金を使っており希少金属もあまり持っておらず、これらのロケット用燃料は危険性が高く温度管理なども細心の注意が必要な厄介なものであり太平洋戦争末期の日本にとっては運用する上でかなりハードルが高いものだったと思われます。
ドイツのメッサーシュミットMe163Bコメートは以前お話した無尾翼機、デルタ翼機開発の権威アレキサンダーリピッシュ教授のデザインによるもので無駄を無くし高速を出し易い滑空グライダーからスタートしています。
そのような経緯からMe163Bコメートも秋水も水平尾翼は無くドリーと呼ばれる車輪を装着して飛び立ち離陸直後にドリーは投棄し、帰りの着陸時は幅の狭い橇(そり)を胴体下部から出して草地に着陸するという方法で運用されました。
当時の世界中の戦闘機からすると嘘のような超高速を出せたため強力な戦闘機ではありましたが、急激な上昇が可能だったため搭乗するパイロットたちへの食事はお腹の中でガスが発生し難い食べ物を選んで与えていたそうです。
連合軍もこのMe163Bコメートの手強さにはお手上げ状態だったのですが、しばらく観察し航続時間の短さに気付きMe163Bコメートが配備されている基地の近くは避けて通るようになりました。
Me163Bコメートの側はどうだったかというと危険で特殊な燃料を必要とする関係上、特別な専用施設が必要だったため簡単に基地を移動させることも出来ず、会敵する機会を失ってしまいました。
参考資料として
・ドイツの空軍博物館に展示されているワルターHWK109-509Aロケットエンジン(大阪の弁天町の交通科学博物館にも展示品があります。)
・メッサーシュミットMe163Bコメートの透視図解
・名古屋の三菱社内に屋内展示されている特呂二号原動機(ここにはこの他にも復元されたロケット戦闘機「秋水」と零戦五二型甲も並べて保存展示されています。基本的には非公開ですが、事前に連絡し了解を得れば一般人でも見学可能だそうです。)
を貼りますね。