• 378ヘルシア
    2014/03/27(木) 02:09:27 ID:ts.dnluAO
    昭和20年、米軍サイパン司令官のハンセル司令官は、日本の軍事のみの爆撃を支持した方、転属になり、
    ルメール少将に交代したことにより、
    東京の空襲、夜間の焼夷弾爆撃が中心になり、
    2000トンの爆弾
    を積んだ 334機が
    夜の東京を無差別爆撃、
    新任司令官は、『東京のすべてを爆撃せよ』と命令する
    それにより10万人近い一般市民の屍が町や川を埋めた、
    名古屋の無差別爆撃もしかり、最も犠牲の大きかったのは、5月14日の焼夷弾爆撃で、B29 486機
    投弾量256トン、
    この日撃墜されたB29から搭乗員数名がパラシュートで降下し、名古屋方面で捕獲され、
    散々爆弾で人を殺しておいて、自分だけが助かろうとは 虫がよすぎると
    当時の市民のいつわざる感情と日本の東海軍です、
    その後、広島、長崎ですね、
    東海軍といえば、スガモプリズンで絞首刑になった
    岡田タスク中将←漢字ワカラズ
    岡田中将いわく
    「なにもかにも悪い事は敗戦国が背負うのか!」裁判で、岡田中将は米軍の無差別じゅうたん爆撃.夜間爆弾、焼夷弾使用だけでなくその爆撃方法を非難した、爆撃予定地区を連続爆撃し炎上させ更に市民がその地区から逃げ出せないように全員殺戮ね方法をとった残虐な方法を指摘した、明らかに非合法と、言うが絞首刑となる、
    映画「明日への遺言」から抜粋です、
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