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    2014/03/29(土) 07:38:19 ID:6R373Nz.O
    382に書いた列車の爆破ですが、少し前後してしまい済みません。m(__)m
    正確には第一次大戦敗戦後に無理矢理受け入れさせられたベルサイユ条約で恨みがあったフランス(第二次大戦前半戦では陸海空軍装備でも兵力でもドイツ軍より優勢といわれていたはずのフランス)を戦略の巧みさによりドイツがコテンパに打ち負かしフランスを占領した後に行った列車爆破です。
    この出来事もしかたなかったといえばしかたなかったことですね。
    フランスはドイツが第一次大戦で戦争に負けたことをいいことにベルサイユ条約でドイツに賠償金も課した上に保有兵器制限も課し小さな軍事力しか持てないようにしておいて自分は新型装備をたくさん開発し、たくさん装備してドイツ軍に差を付けておいたのに、その圧倒的に有利な環境にあまりにアグラをかき過ぎて弛みきっていてこちらには鉄壁のマジノ要塞があるからドイツ軍は攻めて来ようにも攻めて来れないさなどと思い込み、ドイツ軍の巧みな戦略(ドイツ軍が始めた電撃戦と呼ばれる陸空軍一体のエアランドバトル、空軍の急降下爆撃機ユンカースJu87スツーカに補佐された軽量級戦車と機械化された兵員輸送車を主体とした陸軍による協同作戦での早いスピードによる進軍)の前に大敗する結果を自分で招いてしまいました。
    当時はフランス軍の方が戦闘機でも新しいものを持ち、厚い装甲と強力な砲を搭載した戦車を大量に持っていたため、仮にドイツ軍とフランス軍が戦う事態になったとしてもドイツ軍に勝ち目はないというのが世界各国の大方の見方でした。
    この状況で大敗を喫したフランス軍はかなり弛みきっていたといわざるを得ませんね。
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